三代川達について

三代川達とは

僕らは何者か?(簡単にいえば自主制作の映像団体ですが…)。精神というか、意識的な部分を表した見事な文章があるので、引用したいと思う。後半の上映会の部分をまんま映画祭と変換して読んでいただければ、何となく僕らのことがわかってもらえるのでは無いのだろうか。(非常にリサイクルな紹介分で申し訳ないが…)


2006年3月6日
三代川達第一回上映会「三代川爆裂都市」の際の紹介文より
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少し回りくどい話になりそうだけど、今回の上映会「三代川爆裂都市」を開くにあたってその趣旨を説明するのにピッタリの逸話があるので、ここで紹介しようと思う。

もう随分昔。
NYに1人の男がいた。気楽な職業作曲家として軽いサーフィン・ミュージックなど作っていたその男の名前はルー・リードといい、 1965年、彼はNYにふさわしい、NYで初めてのロックンロールバンドを彼は結成する。
メンバーは大学時代の旧友スターリング・モリソン。
ドラマーのアンガス・マックライズ(デビュー頃には別のドラマーに変わる)。
そして現代音楽のエリートとしてアメリカに留学してきたジョン・ケイル(この男はチェインソーでピアノを真っ二つにしようとしたところ共演者に止められ、『お堅い世界』からロックンロールに活動の場を移す)。

あとはそう、バンド名だ。
メンバーの誰かが街で拾ったSN小説のペーパーバックからそのままとって、
ヴェルベット・アンダーグラウンド
うん。いいんじゃない。全然悪くない。

ここからが本題になる。
結局彼らはトップ100に入るようなヒット曲を生み出すことなく1970年に解散する。
しかしルー・リード曰く「俺たちの曲を聴いた奴らは少なかったけど、その全員がバンドを組んだんだ」らしい。本当にそう言ったのかどうか胡散臭いところもあるが、この際よしとしよう。誰かの言葉、なんて得てしてそんなものだろう。敵は本能寺にあったり賽は投げられたり辞書に不可能という文字がなかったり、そういう言葉を口にすることで我々は歴史に思いを馳せる。
歴史というほど大袈裟ではないし、必ずしも彼らの演奏を聴いたからということではないだろうが、事実彼らの解散から数年後、NYにロックの芽が育ち始める。テレビジョン、パティ・スミス、ラモーンズ……、NYパンクの誕生だ。
でもそれはまた別の話。これはルー・リードが言ったかもしれない言葉についての文章だ。

「ここに入っている曲なら誰だって演奏ぐらいできるさ。だから俺はこのアルバムが好きなんだ」
とは後にルー・リードが彼らの1stアルバムについて語った言葉だが、これはそのまま今回の上映会に当てはめることができるかもしれない。
「聴いた全員がバンドを組んだ」、なんて羨ましい言葉だろうか。

もし今回の上映会で、(見た全員とはいかないまでも)誰か1人ぐらい「自分も何か映像を作ってみたくなりました」という気分にできたら、それだけできっと大成功なんだと思う(それ以外にどんな成功の形があるっていうんだ?)。

つまりこの長くて回りくどい文章で言いたかったのはそういうことになる。

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